「経済のメカニズム」レポート

2002年の前期にとった講義のレポートです。
水曜日の1限からだったのですが,めずらしく全部出席しました。

『文化経済学』を読んで 文化経済学 (有斐閣ブックス)

 私がこの講義に参加し、『文化経済学』を読んで最も印象に残ったのは、第5章の「芸術創造の経営学」で述べられている、非営利組織(NPO)の意義である。
「市場の失敗」と「政府の失敗」を乗り越えて、いままでの「公」・「私」の関係を組み換え、「新しい公共」を創造して、アダム・スミスのいう共感にもとづく社会的交換を実現していくためには、私たちの社会にNPOを組み込んでいく必要がある。したがって、私はこのレポートで、それを実現するための方法を提案する。
NPOとは、固有な価値の実現を追求するために作られた組織であり、個々人の需要ではなく、社会的な必要にもとづき行動する。したがって、その社会的意義を社会に訴え、社会から共感を得なければ事業を継続していくことができない。いわば、社会へのコミットメントを通して、人々の参加をオーガナイズしていく組織である。
さいたま市で、痴呆性の高齢者のグループホームNPO法人生活介護ネットワーク」を運営している西村美智代さんは、「支えあいや助け合いを社会の価値にしたい。」「血縁を超えて共感しあう関係は、地縁、血縁などの従来の関係性が崩壊しつつある現代の社会を救う。」と述べている。いままでの日本社会の「お上崇拝」とも言うべき、政府に依存した関係から、自分たち自身が、相互の共感により作り上げていく社会へと転換していくことを主張していると思う。それは高齢者福祉に限ったことではない。児童福祉における子育て支援、障害者福祉においては、地域で安心して生活することを保障すること、教育における多様な教育機会の保障、ホームレスの自立支援など、すべてを公共サービスにゆだねるのではなく、市民、NPO、事業者、そして行政が協働して担っていくことが求められている。
私は、このような理念を実現していくために二つの提案を行いたい。
第一は、自治体における公設民営という方法である。社会にはさまざまな必要が存在するが、それは地域によって多様である。したがってこのサービスを提供するのは、異なったニーズに応えることのできる身近な政府である自治体である。高齢者福祉では、特別養護老人ホームグループホーム自治体が建設するが、その運営はNPO法人が行うというものだ。児童福祉では子育てを支援するさまざまな施設、障害者福祉では作業所や授産施設精神障害者の方々が社会復帰するためのグループホーム、ホームレスの方々のための自立支援の入り口となる一時保護施設などがそれにあたる。社会権を保障するという、自治体・政府としての責任を果たすとともに、NPO法人による運営で、市民参加の枠組みを整えることができる。個々人が、さまざまな社会的課題に対して、自主的に参加し解決できる枠組みを作ることにより、「新しい公共」の可能性を拓く。
第二は、NPOなどへの個人の寄付に対し、所得控除の対象範囲を拡大するという方法である。これは自分たちの意思と判断で税金の使途を指定しているのと同じ効果を持つ。政府ではなく、個々の納税者の意思で使途が決められる、いわば第二の予算の創設である。私たちは選挙で納税額と対価(サービス)を決めているが、それに変わる新しい公共選択を可能とするものだ。
いままでの日本社会は、官治・集権型の社会であった。そのなかで「公共性がある」との観念は官に独占されていた。それが官の独善を生み、公共事業をはじめとした巨大なムダを生み出してきた。しかし、いまそれが自治・分権型に変化しようとしている。市民が自律と自己統治により、市民自治を実現する社会である。それを後押しするのが、共感にもとづく社会的交換を実現しようとするNPOである。そしてNPOは、官治・集権型の国家統治の下での、「公」に依存する「私」ではない、「私」が連帯して「公」をつくる「あたらしい公共」を創り出すと思う。

<参考文献>
伊藤裕夫「芸術創造の経営学」池上惇・植木浩・福原義春編『文化経済学』有斐閣、1998年
稲葉陽二「NPO寄付」朝日新聞2002年2月26日朝刊
西村美智代「緑の花咲く」朝日新聞埼玉版2002年5月1日朝刊
松下圭一『日本の自治・分権』岩波書店、1996年