「アメリカ研究」レポート(2004.12.17)

自らの来歴と現実
――「兄弟 二つの旅路」をみて――

1 同化の三類型

 同化とは,移民のホスト社会での変化のプロセスである。それは多面的なものだ。
 同化には主に3つの考え方がある。
第一に「アングロ・コンフォーミティ」である。移民がイギリス的なものに順応していくという考えだ。建国当時から,現在まで行われている議論である。ただし言語や宗教など,影響は双方向的になっているといえる。また,過去の遺物とはいえないアメリカ先住民の同化教育など同化の圧力となっている側面もある。
 第二は「るつぼ理論」である。移民が融合し,新たなアメリカ人を形成するというものだ。
ただし融合において除外されているグループはないのか。すなわちヨーロッパ系だけの融合ではないのか。あるいは宗教における融合は可能なのか。といった問題があり,理想的で美しいが現実にはそうなっていないという問題がある。
 第三は文化多元主義である。移民の各グループが文化的な特質を維持しつつ,全体として調和ある社会を形成するというものである。サラダボウルやオーケストラともいわれている。ただし,1915年にユダヤ系のホーレス・カレンが提唱した当時から,ヨーロッパ系中心ではないか,ヨーロッパ系文化の多元主義にすぎないのではないかとの批判があった。
そのなかで,1980年代後半から多文化主義が唱えられ実践されている。ヨーロッパ中心主義的な文化多元主義に対して,すべての文化を対等なものと考えるのが多文化主義である。
 また,同化とはエスニック集団の問題であるともに,個人の生き方の問題である。

2 「兄弟 二つの旅路」

2.1 兄弟
 「兄弟 二つの旅路」は1998年にNHKによって製作されたドキュメンタリーである。
兄弟とはゲットーと呼ばれている,「貧困,犯罪,家族の崩壊」が当たり前の様な地域で生まれ育ったアフリカ系アメリカ人である。
「この国でいい生活をするには,ある程度ヨーロッパ系アメリカ人のようにならなくてはならない。」とアングロ・コンフォーミティを実践し,差別と抑圧のなか,オックスフォード大学に留学し,英文学の教授になり,作家として成功した兄,ジョン・ワイドマン。一方,アフリカ系アメリカ人の差別と抑圧の現実からヨーロッパ系アメリカ人を憎み,社会の変革を志し,公民権運動のリーダーとして活動の先頭に立っていた弟,ロバート・ワイドマン。

2.2 対話
弟ロバートが殺人罪終身刑となり刑務所に服役することになった。その世話をするため,兄ジョンが1ヶ月に一回,面会に行くことで,この対照的な二人が対話することになる。
ジョンはロバートに「アフリカ系アメリカ人の現実から逃げ出したジョンに自分を責める資格はない。」と言われ,言葉を失う。
ジョンはヨーロッパ系アメリカ人社会の特権を手に入れるために,自らもヨーロッパ系アメリカ人のようになろうとした。そのためにアフリカ系アメリカ人の現実を一切忘れていたのだ。
この対話により,ジョンはアフリカ系アメリカ人の葛藤を見つめ,他者の痛みを自らの痛みとして感じることができるようになる。

3 現実の痛みと来歴

同化はエスニック集団の問題であるとともに,個人の問題だ。したがってさまざまな選択がある。しかし個人は社会的な存在であり,差別や抑圧といった社会の関係性から切り離されて存在することはできない。ジョンはロバートの存在によりアフリカ系アメリカ人の苦悩と葛藤の現実を知ることができた
生きてきた来歴とそれがもたらした現実を消し去ることはできない。だからジョンは五代先の先祖を尋ね,裁判所の財産目録から,745ドルで物のように買われた奴隷の子孫であることを確かめようとしたのだ。その現実を無視しては自らのアイデンティティを失うことになってしまうと思う。


昨日の「アメリカ研究」では州政府の「ゴートロー計画」というプログラムで,ゲットーから脱出したアフリカ系アメリカ人のインタビューを見た。
自己実現の機会は確かに与えられたが,ヨーロッパ系アメリカ人のルールに従って生きようとするアフリカ系アメリカ人の,アフリカ系でもヨーロッパ系でもない,どちらの世界にも属さない疎外と孤立感が表明されていた。